ブランディング

競合を見すぎている会社は、自分のことを語れなくなる

written by 中村 弘樹

どうも、中村です!

最近、ある経営者の方とお話をしていて、「結局、自分軸で生きたほうがいいですよね」という言葉が出てきました。

きれいな言葉だなと思いつつ、僕は少し引っかかったんです。

「自分軸」っていつのまにか「わがままに生きる」とか「人の目を気にしない」みたいな意味で使われているけれど、本当はもう少し違う意味なんじゃないかなと。

今日はその違和感の正体を、ブランディングと経営の話として書いてみたいと思います。

他人軸とは「比較で生きる」こと

少し整理すると、他人軸で生きるって「比較で価値を決めること」なんですよね。

あの人より上か、下か。
あの会社より勝っているか、劣っているか。
業界の平均はこれくらいだから、自分もこのあたりにしておこう。

判断の物差しが、全部「外側」にある状態です。

これってある意味、すごくラクなんです。だって自分で考えなくていい。「みんながそうしてたから」と言えてしまうから。

ただ、比較の世界には終わりがありません。上には上がいるし、横にも別の競合が出てくる。だから、不安が消えないんですよね。

ブランディングが弱い会社の共通点

これ、実は会社のブランディングでも、まったく同じ構造で。

僕がクライアントとお話するとき、最初によくお聞きするのが「御社が、これから一番大事にしたい価値はなんですか?」という質問なんです。

そうすると意外と多いのが、自社の話をしているはずなのに、いつのまにか競合の話になってしまうケース。

「うちは○○社と比べると、こういう特徴があって」
「業界ではこの価格帯が一般的なので、うちはそれより少し下で」
「最近のトレンドはこういう動きなので、うちもそろそろ」

これ、「自分の輪郭」がぼやけている状態なんですよね。他社との比較でしか自社を説明できない。

だから、提供している価値も、お客さまに伝わりにくくなっていく。

僕がブランディングのお仕事をしていて感じるのは、競合を見すぎている会社ほど、自分のことを語れなくなる、という現象です。

自分軸とは「わがまま」ではなく「自分の物差しを持つ」こと

ここで誤解したくないのが、自分軸は「競合を見るな」「人の意見を無視しろ」ということではない、ということです。

競合も市場も、ちゃんと見ます。見たうえで、最後の判断を”自分の物差し”で下せるかどうか。ここが、他人軸との分かれ目なんです。

他人軸の会社は、競合の動きそのものが判断基準になります。だから競合が値下げすれば不安になり、競合が新しいことを始めれば焦る。一方、自分軸のある会社は、競合の情報を「参考」にはするけれど、「基準」にはしません。基準は、いつも自分たちが大事にしたい価値のほうにあります。

自分の輪郭は、比較の外側にある

では、その”自分の物差し”はどうやって見つけるのか。

僕がお手伝いするときは、競合分析の前に、まず自分たちの内側を掘ります。

– これまで、どんなお客さまにいちばん喜んでもらえたか
– 自分たちが、つい時間をかけてしまうこだわりはどこか
– 何があっても、ここだけは譲りたくないという価値は何か

こういう問いの答えは、競合を見比べても出てきません。自社の歴史や、現場の手触りの中にしかないからです。

比較ではなく、文脈を見にいく。すると、他社と比べなくても語れる「自分の輪郭」が、少しずつ立ち上がってきます。

比較から降りた会社は、強い

自分軸を持てた会社は、表情が変わります。

「あの会社より上か下か」で消耗していた時間が、「自分たちは誰に何を届けたいか」を磨く時間に変わっていく。比較の終わりなき競争から、静かに降りられるようになるんです。

冒頭の経営者の方に戻ると、自分軸で生きるというのは、わがままに生きることでも、人の目を気にしないことでもありません。自分の価値を自分で決められる状態になる、ということ。

それは個人にとっても、会社にとっても、いちばん不安の少ない生き方だと、僕は思っています。

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