強みが「努力できること」の落とし穴
written by natsuki
キャリアチェンジのサポートをしていると、「私の強みは、努力できることです」と言うクライアントさんに、よく出会います。
その言葉自体は、立派なことなのですが、よく聞いていくと、本人が一番つらそうな顔をしている、ということが少なくありません。今日はその話を書いてみます。
「努力できる」は、強みなのに苦しい
あるクライアントさんは、ご自身の強みとして「努力できること」を挙げてくださいました。
でも続けて、「ただ、これからの仕事ではできれば活かしたくないんです」と困った顔をされたんですね。私は、ここに大事なヒントが隠れていると感じました。
同じ学習でも、感じ方はまったく違う
そこから、過去の経験を一緒に丁寧に振り返ってみました。すると面白いことに、英検や漢検の勉強をしていたときのことを、本人は「努力していなかった」と話されたんです。
「興味があって、気づいたら勉強していた」という感覚だったそうです。同じ「学習する」という行為でも、苦しい努力と、自然な夢中とでは、まったく違う体験になっていました。
努力には、二種類ある
ここから見えてきたのは、努力には大きく二種類がある、ということでした。
歯を食いしばって続ける「苦しい努力」と、好きで気づいたら時間が溶けている「夢中の努力」。両方とも結果的には積み上げになっているのですが、本人の身体への負荷はまるで違います。
「苦しい努力」の継続は、危険信号かもしれない
長く頑張れる人ほど、「苦しい努力」を続けることに慣れていきます。慣れてしまうから、本当はずっと心がすり減っていることに気づきにくい。
気づいたときには、燃え尽きてしまっていた、というケースを何度も見てきました。だから「努力できること」を強みと答えた人ほど、その努力の中身を、もう一度見にいく時間を持ってほしいと思います。
夢中の領域を、強みとして言葉にし直す
先ほどのクライアントさんに、「無理して頑張ったことだけが努力ではなくて、好きで時間を忘れて取り組めたことも、立派な強みですよ」とお伝えしました。
すると、「あ、それなら、私はもっと好きなことに夢中になりたいです」と、肯定的な顔に変わっていかれました。同じ「強み」でも、語り方を変えるだけで、本人の未来の向き方がぜんぶ変わる。これがキャリア設計の入口だと、私は感じています。