[支援事例]「転職しなくて良かったです」——転職を考えていた社員が、今の職場に愛着を持てた理由
「収入が少ない」
「残業が多い」
「仕事に行くのがしんどい」
コーチングを始めた頃、その方は今の職場にいくつもの不満を抱えていました。
転職も考えていて、このまま今の仕事を続けてよいのか迷っている状態でした。
それでも、最終のコーチングで最後に伝えてくれたのは、
「転職しなくて良かったです」
という言葉でした。
無理に今の会社へ引き止めたわけでも、仕事を好きになるように促したわけでもありません。
何がそれほどつらいのかを一つずつ整理したことで、本人の仕事に対する見え方が変わっていきました。
※個人が特定されないよう、事例の一部を調整してご紹介します。
「仕事がつらい」の中身は、一つではなかった
その方が担当していたのは、ホテルのフロント業務です。
お客様への接客だけでなく、状況に応じた判断や他のスタッフとの連携も必要になります。さらに、外国からのお客様には英語で対応しなければならない場面がありました。
最初に聞いていた悩みは、収入や勤務時間、仕事内容など複数ありました。
ただ、コーチングの中で仕事のどの部分に負担を感じているのかを細かく見ていくと、不安の大部分が「英語を使うこと」に集中していることが分かりました。
いつ英語で話しかけられるか分からない。
うまく聞き取れなかったらどうしよう。
間違った案内をしてしまったらどうしよう。
周囲に迷惑をかけたらどうしよう。
勤務中ずっと英語を話しているわけではありません。
それでも、「いつ対応が必要になるか分からない」という緊張が続いていると、一日の勤務時間を実際以上に長く感じることがあります。
同じ収入であっても、毎日大きな不安を抱えながら働いていれば、「これだけつらい思いをしているのに、この金額なのか」と、収入への不満も強く感じやすくなります。
つまり、勤務時間や収入への不満が間違っていたわけではありません。
英語への不安が、仕事全体のつらさをより大きく見せていた可能性があったのです。
英語への不安を除くと、「合っていること」がたくさんあった
仕事を辞めたいほど悩んでいるときは、今の仕事の嫌な部分ばかりが目に入ります。
そこで、英語を使う場面と、それ以外の業務を分けて考えてみました。
すると、その方は接客自体が嫌いなわけではありませんでした。
お客様の様子を見ながら対応を変えることができる。相手に失礼のない言葉を選べる。トラブルが起きたときも、状況を見ながら丁寧に対応できる。従業員同士でコミュニケーションを取り、周囲に配慮しながら仕事を進めることもできていました。
むしろ、英語への不安がない場面では、接客を楽しみ、前向きに堂々と対応できる方でした。
「ホテルのフロント業務が向いていない」のではなく、「英語を使う可能性がある環境に、強い不安を感じている」。
この二つは、似ているようで大きく違います。
前者であれば、仕事そのものを変える必要があるかもしれません。しかし後者であれば、英語への不安を軽減する方法や、同じ会社の中で英語を使わずに経験を生かせる役割を探すこともできます。
不安を職場へ伝えるところまで支援した
本人の中で不安の正体が分かっても、それだけでは職場の状況は変わりません。
次に必要だったのは、「何に困っていて、どうしたいのか」を職場へ伝えることでした。
ただ、「英語が嫌だから担当したくない」と伝えてしまえば、仕事への意欲がないと受け取られるのではないか。わがままだと思われるのではないか。そのような不安もありました。
そこで、英語対応にどの程度の負担を感じているのか、接客やホテルの仕事自体を嫌いになったわけではないこと、今後どのような働き方を考えているのかを整理しました。
自分の弱さを訴えるのではなく、仕事を続けるために必要な相談として伝えられるよう、一緒に言葉を考えました。
そして職場へ相談したことで、これまで見えていなかった選択肢を知ることができたのです。
困ったときに英語対応をフォローしてくれる社員がいること。同じ会社の中にも、英語をほとんど使わない隣接業務があること。すぐに異動するのは簡単ではなくても、必要な経験を積みながら目指せる可能性があること。
それまでは「今の仕事を我慢して続けるか、転職するか」の二択でした。
しかし相談したことで、「フォローを受けながら働く」「必要な経験を積む」「将来的に別の役割を目指す」という新しい道が見えてきました。
目指す場所が分かると、今の仕事の意味も変わる
異動がすぐに決まったわけではありません。
それでも、そこへ向かうために何をすればよいかが分かったことで、本人の中に目標ができました。
出口の見えないまま不安に耐え続けることと、目指す方向を理解したうえで必要な経験を積むことでは、同じ仕事でも感じ方が違います。
また、自分の不安を伝えたことで、職場には支えてくれる人がいることにも気づけました。
一人で抱えていたときには見えなかった周囲の優しさや、今の職場だからこそ生かせている接客力、これまで築いてきた従業員との関係にも目を向けられるようになりました。
英語への不安によって仕事全体が嫌に見えていた状態から、「苦手な部分はあるけれど、好きなことや合っていることも多い」と捉えられるようになったのだと思います。
その過程で、職場の人との絆も深まり、今いる場所への愛着も生まれていきました。
だからこそ、最後の「転職しなくて良かったです」という言葉につながったのではないかと思います。
転職理由として挙げるものが、本当の原因とは限らない
仕事がつらいと感じているとき、人は説明しやすい理由を挙げます。
収入が少ない。残業が多い。仕事内容が合わない。休みが取りにくい。
もちろん、それらが本当に改善すべき問題であることもあります。
しかし、詳しく話を聞いていくと、その奥に特定の業務への不安や、人間関係でのやりづらさ、成長できる未来が見えないことなど、本人もまだ言語化できていない理由が隠れている場合があります。
内側にある問題が分からないまま転職すると、環境を変えても同じ不安を抱えるかもしれません。反対に、本当の負担が分かれば、今の職場で変えられることが見つかる可能性もあります。
だからといって、転職しないことが正解なのではありません。
整理した結果、「今の会社では実現できない」と分かり、納得して転職を選ぶ方もいます。
大切なのは、苦しさの正体が分からないまま、仕事や会社のすべてを嫌いになってしまう前に、一度立ち止まって整理することです。
「辞めなくて良かった」と思える人を増やしたい
Think for Designのコーチングは、社員を会社に引き止めることを目的にしていません。
本人が何につらさを感じ、どこでは力を発揮できているのかを整理する。そして、今の会社でできることと難しいことを確認し、自分が納得できる道を選べるようにするためのものです。
会社の中に選択肢があっても、社員が知らなければ選べません。また、困っていることを言葉にできなければ、会社側も適切に支援できません。
コーチングを通して本人の内側にある不安を言語化し、必要なことを職場へ伝えられるようにする。会社もその声を受け取り、できる支援や将来の役割を示す。
この対話があることで、転職しか見えていなかった社員が、今いる会社の良さや、自分が積み重ねてきたものを改めて見つけられることがあります。
辞めることも、残ることも、どちらかが必ず正しいわけではありません。
ただ、本当は今の仕事に合っている部分もあり、職場に支えてくれる人もいるのに、一つの大きな不安ですべてを手放してしまうのは、本人にとっても会社にとっても、もったいないことだと思います。
自分の働きにくさを正しく理解し、納得して次の一歩を選べる人がもっと増えてほしい。
「転職しなくて良かったです」という言葉を聞いて、改めてそう感じた支援でした。