この仕事は、あの人にはまだ早い
この仕事は、あの人にはまだ早いだろう。
そう思って渡さずに、自分でやる。忙しそうだから、この話は持っていかないでおこう。そう思って、机の上に出さない。
どちらも、悪気はありません。むしろ、配慮のつもりでやっています。
ただ、このとき相手には、何も聞いていないんですよね。
見積書でも同じことが起きている
同じ形のことが、値段の場面でも起きます。
見積書を作っていて、中身はもう決まっていて、あとは金額を入れるだけ。数字を打ち込んだところで、手が止まる。相手の顔が浮かぶ。この会社に、この金額は、ちょっと高いかもしれない。そう思って、一段下げて送る。
このとき、相手はまだ何も言っていません。高いとも、安いとも。
やっていることは、相手の財布の中身を、こちらが勝手に決めるということです。
人が買うかどうかを決めているのは、値打ちがあると感じたかどうかだと思っています。お金にシビアな人ほど、そこをよく見ています。シビアというのは、一円も出したくないという意味ではなく、何に出すかを自分で選んでいる、ということなので。
同じ一人の人が、二百円のものを高いと言って棚に戻す日もあれば、十万円のものをその場で決める日もあります。残高は変わっていません。変わったのは、値打ちを感じたかどうかだけです。
だから、外から見て想像した金額は、たぶん当たりません。当たらないうえに、決める役を相手から取り上げてもいます。
人の余裕も外からは見えない
組織の中で起きているのは、これの人版です。
あの人はまだ早い。あの人は手一杯だ。あの人はこういう仕事は好きじゃない。
外から見えているのは、その人がこれまでに何をやってきたかだけです。これから何をやりたいかは、外からは見えません。
会社の見積書と同じで、こちらが先に一段下げると、相手には見えない値札が貼られます。あなたはここまでの人ですね、という値札です。貼られた本人には見えないまま、そう扱われている。
そして、断られたわけではないんですよね。見せていないだけです。
知らない話には、答えようがありません。やってみたかったかどうかは、聞いてみないと分かりません。
配慮の根っこにあるもの
なぜ、こちらが先に決めてしまうのか。
やさしさの顔をしていますが、根っこにあるのは、たぶん、こわさだと思っています。
渡して、できなかったらどうしよう。断られたら気まずい。忙しいと言われたら、こちらも困る。だから、言われる前に、自分で下ろしておく。
言われる前に、自分で断っているようなものです。
そして、こわさで下げた基準は、あとから戻すのに時間がかかります。一度そう扱ったことが、その人との基準になるからです。次も、その次も、そこから始まります。三年経つと、その人は「そういう役割の人」になっています。誰も決めていないのに、そうなっている。
想像するかわりに聞く
やり方は、値段のときとほとんど同じです。
まず、順番を変える。仕事の中身のほうを先に決めて、そのあとで誰に渡すかを考える。中身を決める前に人の顔を思い浮かべると、たいてい一段下がります。
次に、下げるときは、質を落とさずに範囲を減らす。任せきれないと感じるなら、仕事そのものを薄めるのではなく、やる範囲を十のうち八にする。最初から八の仕事として渡せば、渡した側も受けた側も、数字が本当のままです。曖昧に丸ごと渡して、こっそり手を入れるのが一番残りません。
そして、聞く。忙しいですか、と聞くこと自体は失礼ではありません。失礼なのは、想像するほうです。ご予算はどれくらいですか、と聞けば相手が答えてくれるのと同じで、この仕事、やってみたいですか、と聞けば答えは返ってきます。言いたくなければ、言わないだけです。
聞かずに想像すると外れますし、外れたことにこちらは気づけません。相手はたいてい、何も言わないので。
上向きの想像も同じこと
使い方を間違えると逆になるので、そこだけ書いておきます。
あの人は優秀そうだから、これも任せてしまおう。これも、相手の余裕を外から見て決めています。下げるのと、向きが違うだけです。
想像しない、というのは、相手によって扱いを変えない、ということでしかありません。増やしていい理由にはならない。
なお、話したうえで、担当の範囲を一緒に決め直すことはあります。これは相手と一緒に決めたことなので、想像とは別のものだと思っています。
人が育つのは渡されたときだけ
人は、渡されたことしかできるようになりません。
早いかどうかを決めるのは、渡してみたあとの話です。渡す前に決まっているなら、それは相手の能力ではなく、こちらの想像です。
次に、この仕事は誰に渡そうかと考えたとき、一度手を止めてみてください。いま、誰の顔が浮かんで、なぜその人を外したのか。
理由が仕事の中身のほうにあるなら、それでいいと思います。理由が相手の様子のほうにあるなら、たぶん、聞いていないだけです。