資料の書き方を、新人に渡せる形にする
資料の作り方を人に教えるのは、難しい仕事です。
できあがったものを見て、なんとなく読みにくい、とは言える。ところが、どこをどう直せばいいのかを言葉にしようとすると、途端に難しくなります。結果、指導する側は「もう少し見やすく」と返し、受け取った側は何をすればいいか分からないまま持ち帰ることになります。
ここで起きているのは、指導力の不足ではありません。判断の中身が、まだ言葉になっていないという状態です。
センスと呼ばれているものの正体
資料の読みにくさは、たいてい文字の四か所に原因があります。書体の数、大きさ、行間、字間。この四つです。
そして、四つとも数字で決められます。書体は二つまで。大きさは十二を下回らない。行間は文字の大きさの一・八倍から二倍。字間は〇・〇六。
数字にできるということは、渡せるということです。感覚のままなら、その人の中にしか残りません。二十年やってきた人が「なんとなくこっち」と言っても、聞いた側は再現できない。行間を一・八倍にしてください、なら、初日の人にも渡せます。
直そうとして悪くなる、を先回りする
教えていないと、多くの人は同じ道を通ります。文字を大きくして、大事なところを太字にして、赤にして、下線を引く。
やるほど読みにくくなります。強調は増やすほど弱くなるからです。同じページに目立つ箇所が三つあれば、どれが先かを読む人が決められなくなります。
さらに、大きくすると一枚に収まらなくなり、今度は小さくして詰め直す。行が変なところで折り返し、単語が割れる。ここで三十分が消えます。
この三十分は、本人の努力不足ではありません。触るべき場所を教わっていないだけです。教える側が四か所を先に渡していれば、起きなかった時間です。
決めごとは、窮屈さではなく速さになる
書体を二つに決めている組織では、作る人が書体を選びません。和文に一つ、欧文と数字に一つ。理由まで書いておくと、なぜ二つなのかを毎回説明せずに済みます。
ここで得られるのは、見た目の統一だけではありません。選ぶ時間がゼロになります。決めていない項目ほど、人は毎回迷い、迷ったぶんだけ成果物はばらつきます。
自由にやっていいと伝えることが、育成として親切とはかぎりません。基準がない状態で任されると、判断のたびに消耗します。
渡し方は、一枚の規定と、五分の手順
規定に書くのは四行です。書体二つの名前。本文と最小の大きさ。行間の倍率。字間の値。
手順のほうは、実際に手を動かしてもらいます。手元の資料を一枚開いて、使っている書体を数える。三つ以上あればひとつ減らす。本文が十一以下なら十二に上げる。行間を一・八倍にする。字間を〇・〇六空ける。
文章には触らせません。触らないほうが、文字の扱いだけで読みやすさが変わったことが本人に分かります。自分で直して、自分で違いを見た経験が残るかどうかが、次からの一人でやれる範囲を決めます。
教える側が得るもの
この形にすると、指導が短くなります。もう少し見やすく、を言わずに済み、四か所のどれが崩れているかを指すだけになる。指摘が具体になるので、受け取った側も反発しません。
そして、教える人が替わっても同じことが伝わります。属人化していた判断が、一枚の紙に移ったからです。
人が育つ仕組みをつくる作業は、多くの場合、新しい研修を足すことではありません。すでに社内にある「できる人の判断」を、数字と手順に置き直すことです。文字の四か所は、その置き直しがしやすい題材のひとつだと思います。