スタッフに「独立したい」と言われて、引き止め方から考えていませんか
スタッフから「独立を考えています」と言われたとき、多くの経営者はまず引き止め方を考えます。ですが、その前に確かめたほうがいいことがあると思っています。今日は、僕自身が言う側だったときの話から書いてみます。
僕の二回目は、両方混ざっていた
僕は独立を三回していて、そのうち二回は続けられずにやめています。
二回目は二十九歳のときでした。当時はデザインの会社でアシスタントとして働いていて、少しずつ作れるようになり、自信のようなものが出てきていたころです。前にお店を運営していたので、あのころの自分のような人を手伝いたい、という気持ちがありました。それで独立しました。
結果は、三か月で終わりました。案内を送っても、一件も連絡が来なかったからです。
あとから振り返って気づいたのは、あのときの「独立したい」の中身が、ひとつではなかったということです。
お客様の役に立ちたい、というのは本当でした。ですが同時に、アシスタントの立場ではこれ以上できない、という行き詰まりのほうも、たぶん同じくらい大きかった。
やりたいことがあるから離れる、のと、いまの場所から離れたい、は別のものです。僕の場合は両方が混ざっていて、それを自分で分けられていませんでした。
離れたい、が強いときは、場所を変えても同じことが起きる
この二つは、外からは同じ言葉で出てきます。「独立したい」「やりたいことがある」。
ですが、後者、つまりやりたいことが先にある場合は、その人はたいてい具体的です。誰のどんな困りごとを、どう解決したいのかが言葉になっています。前者、つまり離れたいが強い場合は、話が「いまの環境の説明」に寄ります。何をやりたいかより、何が嫌かのほうが詳しい。
そして、離れたいが強い状態で場所を変えると、同じことが起きる可能性が高いと思っています。独立しても、決めることが増えるだけだからです。
ここで大事なのは、だから引き止めるべきだ、という話ではないことです。どちらであっても、本人が決めることに変わりはありません。ただ、本人が自分でその二つを分けられていないことは、けっこうあります。僕自身がそうでした。
ですから、経営者側にできるのは、引き止めることではなく、分けて考える場をつくることだと思っています。「何がやりたいのか」と「いま何がしんどいのか」を、別々に聞く。それだけで、本人にも見えてくるものがあります。
後者だったなら、それは組織の側の宿題です
そして、聞いてみた結果、離れたいのほうが強いと分かったなら、それは本人の問題ではなく、組織の側の宿題だと考えたほうがいいと思います。
僕のときで言えば、アシスタントの立場ではお客様の役に立てない、という感覚でした。これは能力の問題ではなくて、役割の設計の問題です。任される範囲が決まっていて、その先に進む道が見えていなかった。当時の僕は、それを「この会社では無理だ」と読み替えて、外に出ることでしか解決できないと思い込んでいました。
いま組織を見る側になって思うのは、この読み替えはかなり起きやすいということです。人は、伸びしろが見えないとき、環境そのものを問題として扱います。実際には、目の前に一段だけ役割を増やせば解けたかもしれないのに、本人にはその選択肢が見えていない。
だから、独立の相談は、退職の予兆というより役割設計の点検の合図として受け取ったほうが、たぶん建設的です。同じ理由で辞める人が続いているなら、それは偶然ではありません。
それでも出ていく人には、看板の話をしておく
そのうえで、やりたいことが先にあって出ていく人には、僕は一つだけ伝えることにしています。
いま自分に来ている仕事の話は、会社に来ている話なのか、自分に来ている話なのか。
僕が二回目に失敗したのは、ここを取り違えていたからです。会社にいるあいだ、僕のところには相談が来ていました。だから、独立しても同じように来ると思っていた。でも来なかった。あれは会社に来ていた話で、僕という人間は誰にも知られていなかった、というだけのことでした。
これは、勤めているうちに確かめられます。名前で呼ばれて相談が来たことがあるか。辞めても続く関係がいくつあるか。
いまそこがゼロでも、能力の問題ではありません。ただ、その状態で始めると、僕のように三か月かかります。
この話を出ていく人にきちんとするのは、冷たいことではないと思っています。むしろ、送り出す側が持っている情報のうち、いちばん役に立つものだと思うので。引き止めるために不安を煽るのとは違います。
人が育つ組織は、出口の話ができる
最後に、少し広い話を書いておきます。
独立や転職の話が、辞める直前まで一度も出てこない組織があります。風通しが良いから出てこないのではなく、言えないから出てこないことのほうが多いと思っています。言えば止められる、評価が下がる、という予想があるからです。
その場合、経営者が話を聞けるのは、本人の意思が固まりきったあとになります。そこからでは、役割を変えることも、分けて考えることも間に合いません。
人が育つ組織かどうかは、入口の教育よりも、出口の話ができるかどうかに出ると思っています。将来ここを出るかもしれない、という前提の会話が普通にできる場所は、結果として人が残ります。逆説的ですが、出口を封じたほうが、人は黙って出ていきます。
僕は、出ていった人の姿を見て、羨ましいと思ったことがあります。そのときは、それが自分の本音を教えてくれました。人は、近くの誰かの選択を見て、自分の輪郭を知ります。その機会そのものを組織から消してしまうと、育つきっかけも一緒に消えるのだと思います。