それ、決めてないだけだよね、と言う前に
スタッフから、相談を受けたとします。
話を聞いていると、内容そのものは、そんなに複雑ではありません。聞き終えたこちらには、答えらしきものが見えている。だから、こう言いたくなります。
それ、悩んでるんじゃなくて、決めてないだけだよね。
正しいと思います。たいていの場合、当たってもいます。
それでも、これは一番言ってはいけない一言だと、僕は思っています。
頭の中の袋には二種類が入っている
人は、頭の中にあるものを、ぜんぶ「悩み」という一つの袋に入れます。
でも袋の中身は二種類あって、一つは決めごと。決めたら終わるものです。もう一つは気持ち。決めても終わらないものです。
この仕事を続けるかどうかは、決めごとです。続けると決めれば、その話はいったん終わります。でも、その下にある「自分はこのままでいいんだろうか」という感じは、続けると決めても消えません。
混ざっていると、両方が止まります。決めごとは、気持ちが晴れないから決められないと感じ、気持ちは、何か決めれば晴れると思って、決めることを探しに行く。
相談に来た人は、たいてい、まだ気持ちの側にいます。
そこに整理を持ち込むと、話がそこで終わります。そして、分かってもらえなかった、だけが残る。次から、その人は相談に来なくなります。
整理はその人が自分でやる
人の相談は、聞くだけでいいと思っています。
整理は、本人がやります。話しているうちに、勝手に分かれていくからです。誰かに向かって言葉にした時点で、決めごとと気持ちは、すこしずつ別の場所に置かれていきます。
育つというのは、その分け方を自分で使えるようになることだと思っています。分けてもらえるようになることではありません。
上の人が毎回きれいに整理してあげると、答えは早く出ます。ただ、そのやり方を続けると、その人は「整理された答え」を受け取る側から動けなくなります。判断を代行された人は、判断できるようになりません。
だから、分けるのは、自分の頭の中だけにしておく。
決められる状態を用意する
とはいえ、聞くだけでいい、で終わると、組織としては手ぶらです。
人に向けて使わないかわりに、仕組みのほうに使います。
まず、決まらないのには二つの理由しかない、と考えてみます。材料が足りないか、期限がないか。
材料が足りないなら、それは考える話ではなく、聞きに行く話です。値段を知らない。相手がやってくれるか分かっていない。いつまでに要るのかも聞いていない。この状態の人に「よく考えて」と言っても、動きようがありません。渡すべきは時間ではなく、材料です。
期限がないなら、中身ではなく、決める日だけを先に決めます。金曜の午前中に、これを決める。それだけで、金曜まで、その件はその人の頭から出ていきます。先延ばしのように見えて、逆です。抱えたままにしなくていい状態を、先に作っているだけです。
それから、決めごとの列には、自分が決める話ではないものが混ざります。相手がどうするか。来月の景気。あの人が自分をどう思っているか。決める権利がこちらにないものが、決めごとの顔をして居座り続ける。一番体力を使うのは、たぶんここです。これは、待つ側に置いていい、と誰かが言ってあげるだけで軽くなります。
会議でも同じことが起きている
議題に「今後についてどうしましょうか」と書いてあるとき。あれは、決めごとと気持ちが混ざったまま持ち込まれている状態です。
材料が足りていないなら、その日は決まりません。決まらない会議を一時間やると、みんな、なんとなく疲れて終わります。それが続くと、会議そのものが、意味のない時間として記憶されていきます。
集まる前に、これは決める会なのか、聞く会なのか。それを一行書いておくだけで、ずいぶん変わります。決める会なら、材料を先に揃えておく。聞く会なら、今日は決めません、と最初に言ってしまう。決めない、と決まっている会は、意外と気が楽で、意見も出ます。
そして、決まったことは、一行だけ残す。決めた日と、決めたこと。頭の中で決めたことは、頭の中で消えます。記録がないから、翌週また同じ議題が回りはじめる。
同じことをもう一度ぜんぶ考え直すのは、組織にとって、かなり高い買い物です。
悩みごとが多い人は見えている人
最後に、一つだけ。
悩みごとが多い人は、見えている人です。選べる道が一本しかなければ、悩みようがありません。二本、三本と見えているから、迷う。
頭の中が忙しい人を、優柔不断だと片づけないほうがいいと思っています。袋に入れっぱなしになっているだけで、見えていること自体は、その人の力です。
整理してあげるのではなく、材料と、決める日と、決めたことの記録。その三つを置いておく。人が育つ組織は、たぶん、そういう地味なところでできています。