選ばせすぎると、人は動けない
やる気のある人が、なぜか動き出さない。任せたはずなのに、着手までが長い。原因を意欲に求める前に、見ておきたいものがあります。その人の前に、選択肢がいくつ置かれているかです。
多く並べたほうが、決まらなくなる
コロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授が、スーパーの試食コーナーでジャムを並べた実験があります。二十四種類を並べた日と、六種類だけを並べた日を比べました。
足を止めた人は、二十四種類の日のほうが多い。ところが、そこから買った人の割合は、六種類の日が十倍でした。三パーセントに対して三十パーセントです。
選択肢が増えると、もっといいものがあるかもしれない、選び違えたら損かもしれない、という気持ちが立ち上がります。心理学では決定回避と呼ばれています。関心が無くて選ばないのではありません。関心はあるのに、間違えたくないほうが勝ってしまう。
職場でも、同じことが起きている
この構造は、売り場だけの話ではないと考えています。
好きなところから手をつけていいよ。やり方は任せる。気づいたことがあれば何でも言って。どれも善意で、選ぶ自由を渡しているつもりの言葉です。ところが受け取る側には、二十四種類のジャムと同じ景色になっていることがあります。
どれから手をつけるのが正解なのか分からない。間違った順番で進めて、あとで手戻りになるのが怖い。だから確認できる材料を探すうちに、着手が翌週になる。動いていない時間の中身は、迷いです。
ここを意欲の問題として扱うと、話がこじれます。実際には、渡し方のほうに直せるところが残っています。
減らすのは、仕事ではなく入り口
ここで気をつけたいのは、仕事そのものを取り上げないことです。
裁量を狭めれば、確かに迷いは減ります。ただ、それは育つ機会も一緒に減らします。減らすのは仕事の幅ではなく、最初に見えている数のほうです。
やり方は本人に任せたまま、入口だけ三つに束ねます。今週はここから始めるという最初の一手を、一緒に決めておく。そこから先の進め方は口を出しません。
いちばん重いのは最初の一歩で、そこさえ越えれば、多くの場合、本人のほうが速く進みます。
覚えていられる数には限りがある
心理学者のジョージ・ミラーが、人が一度に覚えておける数は七つ前後だと言っています。七つプラスマイナス二つ、つまり五つから九つ。これを超えると、頭の中で整理しきれなくなって判断が鈍ります。
この数字は、会議でも指示でも当てはまります。一度の打ち合わせで決定事項が十件を超えたとき、全部は持ち帰れていません。議事録に書いてあることと、翌日その人が動けることは別です。
三つに絞ると、絞る側が優先順位を考えることになります。選択肢を減らす作業は、渡す側が判断を引き受ける作業でもあります。十件そのまま渡すのは、判断を相手に預けているのと同じことがあります。
手がかりを一つ置く
六十種類のパンを並べているパン屋さんの話を聞いたことがあります。レジの横に今日のおすすめを三つ書いたら、迷う時間が減ったそうです。パンは減らしていません。始める起点を置いただけです。
同じことは、任せる場面でもできます。全部の選択肢を残したまま、僕ならここから見る、という一つを添える。命令ではなく手がかりなので、そこを通らなくてもかまいません。
手がかりが一つあると、そこを起点に、じゃあこちらも、と本人の判断が広がっていきます。何もない状態で立ち尽くしている時間より、そちらのほうが育つ時間になります。
いまの棚を数えてみてください
まず、直近で誰かに渡した仕事を思い出して、そのとき同時に渡した選択肢の数を数えてみてください。
七つを超えていたら、内容はそのままで、入り口だけ三つに束ね直す。それだけで動き出しが変わることがあります。
選択肢を絞るのは、相手の力を疑っているからではありません。動きやすい形にして渡す、という手間のほうです。