一日の終わりに、何を言うか

組織づくり

人は、体験の長さを覚えていません。覚えているのは、一番強かった瞬間と、終わりの瞬間の二つだけです。

ダニエル・カーネマンの実験が知られています。十四度の水に六十秒手をつける体験と、六十秒つけたあと十五度の水へ十五秒だけ延長する体験。冷たさに触れた総量は後者のほうが多いのに、もう一度やるならと問われた人の多くは後者を選びました。終盤がわずかに緩んだだけで、全体の評価が入れ替わる。しかも、時間が長かったことは勘定に入らない。カーネマンはこれを持続時間の無視と呼びました。ここから生まれたのが、ピークエンドの法則です。

この性質は、人が育つ現場を考えるときにも当てはまります。

研修の中身より、解散の三分

一日の研修を組み立てるとき、時間の大半は内容に使われます。何を伝えるか、どの順で置くか、演習をどこに挟むか。

その一方で、終わり方はたいてい決められていません。予定の時刻が来て、質問はありませんか、と聞いて、ありがとうございました、で解散する。設計されているのは中身で、閉じ方は成り行きになっています。

ところが参加者の中に残るのは、内容の総量ではありません。一番強く感じた場面と、帰り際の空気です。同じ内容でも、最後に何を言われて解散したかで、翌週の職場での動き方が変わります。

面談も、終盤で決まる

面談や振り返りの場でも同じことが起きます。

三十分のうち二十五分をかけて課題を丁寧に整理し、残りの五分で時間切れになって、じゃあまた来月、で終わる。話し手は課題を扱ったつもりでいますが、受け取った側に残るのは、最後の切り上げられた感覚のほうです。

逆に、内容は淡々としていても、最後に一言だけ、ここは前より良くなっていたと思う、と添えられた面談は、その一言が長く残ります。時間の使い方としては数十秒です。それが三十分全体の色を決めてしまう。

新しく入った人の、初日の帰り方

入社初日も、同じ構造をしています。

案内、説明、書類、席の準備。やるべきことは多く、たいていは中身を揃えることで一日が終わります。そして最後は、おつかれさまでした、また明日、で帰ってもらう。

この日の帰り道に何を考えていたかが、その人の立ち上がり方にかなり影響します。初日の終わりに誰が何を言うかを決めている組織は、多くありません。決めていないので、誰の担当でもなくなる。もっとも記憶に残る数分が、設計の外に置かれています。

悪いピークは潰し、良いピークは仕込む

ピークは、良い方向にも悪い方向にも働きます。強く嬉しかった瞬間がひとつあれば細かな不満は消え、強く嫌だった瞬間がひとつあれば他の良さが引きずり下ろされる。だから、二つに分けて扱います。

悪いピークは、点検して潰します。待たされる、説明が足りない、聞いていた話と違う。育成の場面では、放置される時間が長い、質問できる相手が決まっていない、任された範囲があいまい、といった形で現れます。

良いピークは、意図して作ります。その人が、見てもらえていた、と感じる瞬間をどこかにひとつ置く。全体の丁寧さを均等に引き上げるより、一点を強くするほうが記憶に残ります。

終わりは、いちばん疲れている時間帯にある

難しいのは、終わりが必ず、作り手の集中が落ちたところに来ることです。

長い研修ほど、最後は駆け足になります。長い面談ほど、締めが雑になります。長いプロジェクトほど、解散があっさりします。力を使い切ったあとに、もっとも記憶に残る場面が置かれている。ここが、努力と評価がずれる場所です。

最後の一言を、誰かの担当にする

やることは複雑ではありません。

研修、面談、プロジェクトの完了、入社初日。それぞれについて、最後に何を渡し、何を言って終わるかを決めておく。決めておけば、疲れていても実行できます。決めていないと、疲れているときほど省略されます。

費用はかかりません。かかるのは、数分と、そこを設計対象として見る視点だけです。それでいて、その人がその場をどう覚えているかを、いちばん左右する場所になります。

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