「やりたいことが分からない社員」に必要なのは、目標設定より自己理解
written by apricot
キャリアコーチングをしていると、「やりたいことが分かりません」という相談をよく受けます。
けれど、お話を聞いていくと、本当に何もないわけではありません。
「人に説明して、分かってもらえたときはうれしかった」
「今の業務は嫌いではないけれど、ずっと続けるイメージが持てない」
「人を支える仕事には興味がある。でも、それを仕事にしたいのかは分からない」
このように、本人の中には小さな感情や関心がすでにあります。
ただ、それらがまだ一つにつながっておらず、「私はこれがやりたい」と言えるほど整理されていないのです。
その状態で将来の目標を決めようとすると、本人はさらに迷ってしまいます。
「管理職を目指すべきでしょうか」
「何か資格を取った方がいいですか」
「今の会社で働き続けるなら、どんな目標にすればいいですか」
やりたいことを考えていたはずが、いつの間にか「周囲から見て正しそうな答え」を探していることもあります。
だから私は、「やりたいことが分からない」という方に、すぐ目標を決めてもらうことはしません。
まず必要なのは、自分の中に散らばっている感情や経験を整理し、自分がどのような人なのかを知ることだと考えています。
「やりたいこと」という質問は、少し大きすぎる
「何をやりたいですか?」と聞かれて、すぐに答えられる人もいます。
一方で、この質問を受けた瞬間に、考え込んでしまう人もいます。
それは意欲がないからではありません。
「やりたいこと」という言葉から、職種、役職、将来の夢など、明確で大きな答えを求められているように感じてしまうからです。
しかし、キャリアの方向性は、最初から職業名として見つかるとは限りません。
「もう少し人と関わる仕事がしたい」
「自分で工夫できる余地がほしい」
「誰かの成長を支えることに興味がある」
「一つの分野を深く学びたい」
「生活に余裕を持ちながら、長く働きたい」
こうした希望も、十分に大切なキャリアの手がかりです。
それでも本人は、「この程度では、やりたいこととは言えない」と思っている場合があります。
私はコーチングの中で、すぐに明確な答えを出そうとせず、その人が何げなく話した「楽しかった」「うれしかった」「これは嫌だった」という言葉を拾うようにしています。
やりたいことは、何もないところから突然見つかるものではありません。
これまでの経験の中にある小さな感情を集め、自分なりの意味を見つけることで、少しずつ輪郭が見えてくるものだと思っています。
先に目標を決めると、「できそうなこと」しか選べなくなる
目標を決めること自体が悪いわけではありません。
ただし、自己理解が十分ではない状態で目標を立てると、現在の自分にできそうなことや、周囲から評価されそうなことに選択肢が偏りやすくなります。
例えば、これまで営業職を経験してきた人が、次の目標も営業成績や役職の中から選ぼうとすることがあります。
しかし、過去の経験を丁寧に振り返ると、本人が充実感を得ていたのは、商品を売ることよりも、
- お客様の悩みを整理すること
- 後輩の相談に乗ること
- チームで営業方法を改善すること
- 分かりやすい提案資料をつくること
だったと分かるかもしれません。
それが見えると、営業を続けるか辞めるかという二択ではなく、顧客支援、教育、業務改善、企画など、新しい選択肢が生まれます。
同じ職種を続けるとしても、今後どのような役割を増やしたいかを考えられるようになります。
目標を決める前に自己理解を行うのは、本人の可能性を狭めずに選択肢を広げるためでもあります。
「向いている仕事」より「力を発揮した行動」を見る
やりたいことが分からないとき、多くの人は適職診断や職業一覧から、自分に合う仕事を探そうとします。
もちろん、それが方向性を考えるきっかけになることもあります。
ただ、職業名だけを見ても、実際の仕事内容や働く環境は会社によって異なります。
同じ営業職でも、新規開拓が中心の会社と、既存顧客との関係づくりを重視する会社では、求められる力が違います。
同じ事務職でも、決められた業務を正確に進める仕事と、周囲と調整しながら業務を改善する仕事では、働き方が異なります。
そのため、私は「何の仕事が向いているか」を考える前に、これまでどのような行動で周囲に貢献してきたかを振り返ります。
例えば、
- 初めて業務を担当する人のために、手順を分かりやすくまとめた
- 会議で話がまとまらないとき、意見を整理して共通点を見つけた
- お客様の表情を見ながら、説明する順番や言葉を変えた
- 作業の遅れに気づき、スケジュールを組み直した
- 困っている同僚に声をかけ、一緒に解決方法を考えた
こうした具体的な行動には、その人の才能が表れています。
本人にとっては当たり前でも、誰もが同じようにできるわけではありません。
自分が自然に行ってきた行動と、その行動が生かされる業務をつなげることで、「このような役割なら力を発揮できそう」という方向性が見えてきます。
自己理解では「嫌だったこと」も大切な材料になる
自己理解というと、強みや成功体験など、前向きなことだけを探すイメージがあるかもしれません。
しかし、私は「何が嫌だったか」「どのような状況で苦しくなったか」も大切にしています。
例えば、
「急な変更が続くと、頭が混乱してしまう」
「何のために行うのか分からない業務は、なかなかやる気が出ない」
「一人で黙々と進める仕事が続くと、孤独を感じる」
「自分の意見を聞いてもらえない環境では、だんだん発言しなくなる」
こうした違和感には、その人が働くうえで必要としている条件が表れています。
急な変更が苦しい人は、計画性や見通しを大切にしているのかもしれません。
目的が分からないと動きにくい人は、納得してから丁寧に取り組む人なのかもしれません。
一人で働くことが苦しい人は、周囲との協力やつながりによって力を発揮する人なのかもしれません。
苦手なことを克服するという視点だけではなく、「自分が力を発揮するために何が必要なのか」という視点で捉え直すことが重要です。
ただし、ここで気をつけたいのは、働きにくさをすべて本人の特性だけで説明しないことです。
業務量が過剰だったり、役割が曖昧だったり、意見を言いにくい雰囲気があったりする場合は、組織側の環境にも課題があります。
本人の自己理解と、会社側の環境改善は、分けずに考えていく必要があります。
過去の経験から「共通して満たされていたもの」を探す
やりたいことを見つけるために、必ずしも特別な成功体験は必要ありません。
仕事、学生生活、部活動、アルバイト、趣味などを含めて、比較的充実していた経験を振り返ります。
そして、その経験の何がよかったのかを細かく見ていきます。
「イベントを成功させたことがうれしかった」という経験でも、うれしかった理由は人によって異なります。
企画を考えられたことがうれしかったのか。
仲間と協力できたことがうれしかったのか。
人前で表現できたことがうれしかったのか。
参加者に喜んでもらえたことがうれしかったのか。
目標を達成できたことがうれしかったのか。
表面的には同じ経験でも、どこに心が動いたかによって、その人が大切にしていることは違います。
一つの経験だけで判断せず、いくつかの経験を並べて共通点を探すと、自分が充実しやすい条件が見えてきます。
自己理解の3つの軸
Think for Designのコーチングでは、やりたいことを考える際に、主に「価値観」「才能」「関心」の3つを整理します。
価値観|どのような状態を大切にしたいのか
価値観は、働くうえでの判断基準です。
信頼できる人と働きたい。
自分の成長を感じたい。
周囲に貢献したい。
安心できる環境で働きたい。
自分の裁量で工夫したい。
価値観が満たされていると、仕事への納得感が生まれます。反対に、大切な価値観が損なわれ続けると、仕事内容が合っていても苦しくなることがあります。
才能|自然に繰り返している行動は何か
才能は、資格や専門知識だけではありません。
相手の話を聞いて要点を整理する。
人に合わせて関わり方を変える。
先の流れを考えて準備する。
問題に気づき、より良い方法を考える。
本人が無意識に繰り返している行動の中に、その人らしい才能があります。
関心|何なら学び続けたいと思えるのか
関心は、自然と情報を集めてしまうことや、もう少し詳しく知りたいと思えることです。
「好き」と「仕事にしたい」は、必ずしも同じではありません。
そのため、単に好きかどうかだけではなく、「その分野について学び続けたいと思えるか」を確認します。
価値観・才能・関心の3つを重ねることで、職種名だけでは分からない、自分らしい仕事の方向性が見えてきます。
やりたいことは、考えるだけでなく「試しながら」見つける
自己理解を深めても、すぐに「これが私のやりたいことです」と断言できない場合もあります。
それで問題ありません。
むしろ、考えるだけですべてを決めようとすると、「本当にこれでいいのだろうか」と、また動けなくなることがあります。
そのようなときは、今の会社の中で小さく試します。
人を育てることに興味があるなら、新人のフォローやマニュアルづくりに関わってみる。
企画に興味があるなら、会議で一つ提案を出してみる。
情報を整理して伝えることが得意なら、社内資料や発信の改善に取り組んでみる。
顧客の声を生かしたいなら、現場の意見を集めてチームに共有してみる。
実際に行動すると、「思っていたより楽しかった」「興味はあるけれど、仕事にしたいわけではなかった」「この部分はもっとやってみたい」という新しい情報が得られます。
やりたいことは、頭の中だけで完成させるものではありません。
仮の方向性を決め、小さく試し、感じたことを振り返る。その繰り返しによって、自分なりの答えが育っていきます。
企業に必要なのは、目標を聞くことより「試せる余白」をつくること
1on1で「今後やりたいことはある?」と聞くだけでは、社員の方向性は見つかりにくいものです。
本人がまだ答えを持っていない場合、質問を重ねるほど、正しい答えを求められているように感じることもあります。
そのようなときは、答えを急がせるのではなく、
「最近、仕事で少し楽しかったことはある?」
「どんな仕事なら、時間が早く過ぎる?」
「逆に、どんな状況が続くと疲れる?」
「周りからよく頼まれることは何?」
「今の仕事の中で、少し増やしてみたいことはある?」
と、現在の経験から話せる問いに変えてみることが有効です。
そして、本人が興味を示したことを、小さく経験できる機会につなげます。
すぐに異動や昇進を行う必要はありません。
一部の業務を任せる、プロジェクトに参加してもらう、得意なことをチーム内で担当してもらうなど、現在の役割の中でも試せることがあります。
企業に求められるのは、社員に早く目標を決めさせることではなく、本人が自分の可能性を確かめられる環境をつくることだと考えています。
「分からない」は、これから見つけるためのスタート地点
やりたいことが分からない社員に対して、無理に将来の目標をつくらせる必要はありません。
「分からない」という言葉は、意欲がないという結論ではなく、まだ整理できていないという現在地です。
今の仕事で感じていることを言葉にする。
過去の経験から共通点を探す。
自然に発揮してきた行動を見つける。
価値観・才能・関心を整理する。
興味を持ったことを、小さく試してみる。
このプロセスを通して、「何をしたいか」だけではなく、「どのような環境で、どんな力を生かし、誰に貢献したいのか」が少しずつ見えてきます。
目標は、その後に決めても遅くありません。
自己理解によって自分なりの判断基準を持てるようになると、社員は会社から正解を与えられるのを待つのではなく、自分で選択肢を考えられるようになります。
そして、自分が生かしたい力と会社が必要としている役割が重なったとき、仕事への納得感や主体性が生まれていきます。
Think for Designでは、社員に目標を与えるのではなく、一人ひとりが自分の価値観や強みを理解し、自分なりの方向性を見つけるためのコーチングやワークショップを行っています。
社員の可能性を現在の役割や組織の成長へとつなげたい企業様は、お気軽にご相談ください。