デザイナーの時間は、予定表に出てこない
僕の予定表にも、何も入っていない時間があります。外から見ると、そこは空いて見えます。
ただ、予定が入っていないことと、その時間が空いていることは、同じではないと思っています。仕事と関係のない本を開く時間かもしれないし、何も決めずに考えている時間かもしれない。家族と過ごす時間や、何もしない時間もそこに入ります。予定表に書かれていなくても、自分にとって必要な時間はあるのだと思っています。
手を動かしていない時間はまわりから見えない
デザインの仕事をしていると、ここがとくに見えにくいところにある気がしています。画面に向かって手を動かしている時間は、はたから見ても仕事をしている時間です。その手前には、資料を読んだり、聞いた話を寝かせたり、言葉をさがしたりしている時間があります。ここは外から見ると、何もしていないように見えます。
見えないので、そこへ声がかかります。その日空いてる、と聞かれる。予定表を見ると、たしかに何も入っていない。空いているから受ける。そういう流れになりやすいのかなと思います。
三人の事務所で起きること
ここからは作例です。三人のデザイン事務所に、知り合いの会社から、社内の勉強会で少し話してほしい、という声がかかったとします。日程を聞かれて予定表を見ると、翌週の水曜、午後は空いています。
受けると決まったあと、実際に減るのは水曜の二時間だけではありません。何を話すかを決める時間、資料を用意する時間、往復の移動、話し終えたあとに元の仕事へ戻るまでの時間。もともとその午後に置くつもりだった、次の提案の骨格を考える時間は、どこへも行き場がないまま消えます。
消えたことは、誰にも見えません。予定表の上では、空いていたところに、予定が一つ入っただけになります。
断るのも自由だと考える
僕は飲み会に、ここ何年もほとんど行っていません。お酒があまり好きではないこともありますが、いちばんは時間です。飲んでいる時間のあとに酔っている時間があって、翌日の調子まで含めると、けっこうな長さになります。その時間を別のことに回したいと考えるようになって、足が向かなくなりました。
飲み会をやめたほうがいい、という話ではありません。楽しみにしている人もいますし、あの席でしか出ない話があるのも知っています。行くか行かないかを、付き合いだからというところだけで決めなくてもいい、というくらいのことです。
僕の場合は、行かなくなって困ったことは特にありませんでした。時間の使い道に迷うことも、そのぶん減っています。
誘うのが自由なら、断るのも自由だと思っています。理由を長く書こうとするほど、断るこちらのほうが申し訳なくなってきます。理由を無理に作らない。申し訳なさそうにしすぎない。そして、相手の機嫌までは背負わない。
空いているかで決めない
時間は、空いているかどうかよりも、何に使いたいかで考えたほうがいいと思っています。
気が進まないまま引き受けたり、断りづらくて予定に入れたりが続きます。一つ一つは数時間でも、積み重なると、本当にやりたい仕事に回す時間が残らなくなる。時間のほうは増やせません。
何をするかと同じくらい、何をしないと決めたかで、仕事の形は決まっていくのだと思います。