どの仕事を受けるかで、できることが決まる
会社のできることは、一年でいくつ増えたか。数えてみると、ひとつも増えていない年があります。
さぼっていたわけではありません。仕事はしていて、売上も立っている。ただ、去年と同じ種類の仕事を、去年と同じやり方でやった。それだけのことなのだと思います。手は速くなっています。ただ速くなったことは外からは見えません。僕にも、そういう年がありました。
決まっているのは、受けると決めた日
同じ日に、性格の違う相談が二つ並ぶことがあります。どちらも受けたいけれど、今月はもう無理だな、と思う。そういうとき、たいてい楽なほうが残ります。
楽な仕事が悪いという話ではありません。楽な仕事は、だいたい前にやったことがある仕事です。段取りを覚えていて、どこで時間がかかるかも分かっている。見積もりも外しません。会社を回していくうえで、こういう仕事は要ります。全部が初めての仕事だったら、たぶん体がもちません。
引っかかるのは、二つ並んだときに毎回そちらを取ってしまうほうです。楽なほうを取るとき、何を見て決めているか。今週の自分の都合です。今、手が空いているか。今月、数字が足りているか。これで決めると、決め手が全部、手前にあります。終わったあとに何が残るかは、考えないまま決まっていきます。
育つ機会は案件の形で来る
人が育つ場は、研修の予定表よりも先に、受けると決めた仕事の中にあるのだと思っています。デザインの仕事はとくにそうで、手を動かしながらでないと身につかないことが多いです。やったことのない工程がひとつ入っていれば、終わったときに、会社のできることがひとつ増えています。入っていなければ、去年と同じ手つきをもう一度なぞることになります。
だから僕は、来た相談を三つの角度で考えるようにしました。
ひとつめ。やったことのない工程が、ひとつ入っているか。全部が初めてでなくていいんです。ひとつでいい。撮影が入る、とか。使う人に会って話を聞く、とか。それくらいで足りるのかなと思います。
ふたつめ。終わったあと、人に話したくなるか。実績になるかどうかの話です。話せない仕事は残りません。いい仕事だったはずなのに、自分でも何がよかったのか説明できない、ということはわりとあります。一年に二つか三つ、話したくなる仕事があるだけで、外からの見え方は変わっていきます。
三つめ。喜ぶ人の顔が、浮かぶか。浮かばないときは、だいたい、その相談で金額の話しか出ていません。誰が受け取るのかが見えていない仕事は、途中で迷ったときに、何を基準に直せばいいか分からなくなります。手を動かす人にとっても、ここが見えているかどうかで、迷ったときの直し方が変わるのかなと思っています。
三つとも当てはまったら、迷わず取ります。当てはまるのがあってもひとつなら、それは前にやったことがある仕事のほうでしょう。取ってもいいのですが、会社を回すための仕事だと分かったうえで取ります。
その一件を、誰がやるか
ここから先が、僕自身のいちばん弱いところです。
やったことのない工程がひとつ入った仕事は、会社の中でいちばん人が育つ一件です。それなのに、楽しそうな仕事ほど、つい自分で抱えてしまうんですよね。自分でやったほうが速いし、面白い。そうやって取った一件は、会社のできることではなく、僕のできることだけを増やしていきます。
僕にしかできない仕事が増えると、会社としては危うくなります。分かっていて、それでも抱えてしまう。誰かと一緒にやる形にできないか。ここは今もうまくできていないので、これから工夫していきたいと思っています。
十件のうち二件か三件でいい
全部を楽しそうな仕事で埋めようとすると、たぶん続きません。僕の感覚では、二割か三割で十分です。十件受けるうちの二、三件に、やったことのない工程がひとつ入っている。それくらいでも、一年たつと、できることは増えていきます。
取らないと決める線もあります。ひとつは納期です。やったことのない工程を入れるには、失敗する時間が要ります。はじめてやることは、たいてい一回では決まりません。それが取れない納期なら、楽しそうだったものが、ただしんどいだけの仕事に変わります。育つはずだった一件が、いちばん人をすり減らす一件になってしまいます。
この三か月で受けた仕事の中から、三つとも当てはまった仕事と、あってもひとつだった仕事を、ひとつずつ思い出してみる。二つ並べてみると、会社がどっちを多く取ってきたかは、だいたい分かると思います。