「がんばっている」は評価にならない。事実と解釈を分けることが、仕事の価値を変える。
written by 中村 弘樹
組織のなかで起きる小さなすれ違いの多くは、「事実」と「解釈」が混ざってしまうところから始まっているように思います。
がんばっているのに評価されない。優しい人ほど消耗していく。こういう状況の手前には、たいてい「解釈ベースの会話」がぎっしり詰まっています。
仕事の話は、いつのまにか解釈で進んでいく
たとえば、ある仕事に見積もり10時間で取り掛かったとします。実際には18時間かかった。このとき、組織のなかで起きやすい会話は、「あの担当は仕事が遅い」「集中力が足りない」といった解釈です。
でも、本当のところは複合的なはずです。見積もりが甘かったのかもしれない。途中で要件が変わったかもしれない。確認フローが複雑だったかもしれない。事実を一つひとつ並べてみないと、何が原因だったのかは見えません。
解釈で評価される現場は、確実に疲弊する
解釈で人を評価する組織では、現場はじわじわ疲弊していきます。
がんばっても、上司の機嫌や雰囲気で評価が変わる。事実は同じでも、語る人の解釈で上にも下にも見える。これが続くと、人は動きそのものを縮こまらせていきます。「言われない範囲のことしかやらない」状態は、ここから生まれます。
事実が並ぶと、責めから改善へ会話が変わる
逆に、事実をきちんと並べる習慣がある組織では、会話の質が変わります。
「18時間かかった」「最初の見積もりは10時間だった」「要件は途中で2回更新された」。事実だけ置いてみると、責める対象は人ではなく、プロセスのほうに自然と移ります。「次はどう設計しなおすか」という改善の会話に、ようやくたどり着きます。
クリエイティブの世界でも、同じことが起きる
これは、ものづくりの現場にもそのまま当てはまります。
「なんとなく違う」「もう少し感じが違う」。クリエイティブの違和感はどうしても感覚的になりがちですが、これを事実に分解できるかどうかで、ディレクションの精度はまったく変わります。「色が浅い」「重心が右に寄っている」「文字の余白が広い」と事実で語れた瞬間、改善は驚くほど早く進みます。
「それは事実か、解釈か」を口ぐせにする
僕が意識しているのは、社内でもクライアント先でも、「それは事実ですか、解釈ですか」と立ち止まることを口ぐせにすることです。
この問いは、最初は少し気まずく聞こえます。でも、何度か繰り返すうちに、組織の空気が整っていきます。事実で話す文化と、解釈で話す文化。両者の差は、3年経つと、本当に大きな差になっていきます。