判断を隠さず渡すと、人が育つ
written by 中村 弘樹
成果物しか見せない仕事は、成果物だけで判断されます。そしてもう一つ、成果物しか見せない仕事は、次の人が育ちません。今日は、仕事の「見えない前段」を、社外と社内の両方にどう渡すか、という話を書いてみます。
質を決めているのは、たいてい見えない部分
写真の撮影を例にします。外から見ると、撮影は「カメラを持って現場に行き、何枚か撮って帰る」仕事に見えます。だから「一日いくらですか」と聞かれる。目に見えているのがその部分だけなので、当然です。
ですが実際は、写真の出来はシャッターを押す前にほとんど決まっています。誰に見せるのか。見た人にどう思ってほしいのか。どこで使うのか。同じ工場を撮るのでも、「ここで働きたい」と思ってもらう写真と、「ここに任せて大丈夫だ」と思ってもらう写真では、撮る場所も時間も待つ瞬間も変わります。何を伝えたいかが決まっていないと、その判断が一つもできません。
これは、どの職種でも同じです。書類、施工、商品、当日の対応。相手から見えているのは最後の成果物だけですが、質を決めているのはその手前の判断です。段取りを考える。過去の失敗を踏まえて先に手を打つ。相手の話を聞いて、本当の困りごとを見つける。あえてやらないことを決める。
見えないままにすると、値段は「量」で決まる
前段が見えないと、値段も評価も、見えている量で決まります。何時間いたか、何枚撮ったか、何ページ作ったか。
そうなると「同じものを、もっと安いところで」という比較に入ります。実際、作業だけを切り出せば安く買えます。ただし、その買い方をすると「成果物はあるのに使えない」ということが起きる。結局やり直しになり、安く買ったつもりが二回払うことになります。
ここで大事なのは、「見えない部分に価値があります」と言うだけでは伝わらない、ということです。「見えないところで頑張っています」は、どこの会社も言えてしまいます。
ですから、伝えるのではなく、渡す。なぜこの案にしたのか、他にどんな案を検討し、なぜそれをやめたのか。当日までに何を準備したのか。事前の打ち合わせで何を決めたのか。判断の部分を、隠さずに形にして渡す。これをやると、価格の比べ合いから抜けていきます。
同じことが、社内でも起きている
ここからが本題です。この構造は、社内でもそのまま起きています。
ベテランの仕事を横で見ている若いメンバーに見えているのも、たいてい成果物だけです。できあがった提案書、うまくまとまった打ち合わせ、きれいに撮れた写真。そこに至るまでに、その人が何をどう判断したのかは見えません。
だから、こう言われてしまう。「あの人だからできる」。
属人化と呼ばれているものの多くは、実は技術の差ではなく、判断が共有されていないことだと思っています。成果物だけを見せていると、その仕事は再現されません。
逆に、判断を渡すと再現されます。「この案にしたのは、社長がここを大事にしていたから」「この写真を先に押さえたのは、採用に使うから」。理由まで渡された人は、次に似た場面で自分で判断できます。
「見せない美学」を、少しだけ手放す
とはいえ、判断や準備を口に出すのは、恩着せがましい気がして気が引ける。そう感じる方は多いと思います。とくに、丁寧な仕事をしてきた人ほどそうです。
ですが、これは自分の苦労を分かってもらうためではありません。相手が自分で判断できるようになるための材料を渡すことです。社外に対しては「安いか高いか」以外の物差しを渡すことであり、社内に対しては、その人が次に自分で決められるようにすることです。まったく別のことだと思っています。
減らすなら、質ではなく量
もう一つ、現場でよくある場面があります。予算や時間を削ってほしい、と言われるときです。
このとき、つい見えない前段を削ってしまいます。打ち合わせの回数を減らす。事前の準備を省く。相手からも見えていないので、削っても指摘されないからです。
ですが、そこを削ると成果が落ちます。そして、落ちたことはあとで必ず相手に伝わる。安くしたのに満足されない、という最もしんどい終わり方になります。
削るなら、見えている量のほうです。ページ数を減らす。範囲を区切る。今回はここまでにして、次の段階でやりましょう、と分ける。減らすなら、質ではなく量。前段は削らない。これは自社を守るためではなく、相手が損をしないための線引きです。
まず、一つだけ言語化してみる
もしよかったら、自社の仕事の中で「これは撮る前の部分だな」というところを、一つ挙げてみてください。
納品物からは見えないけれど、実はそこで質が決まっている部分です。それを、お客様に言葉にして伝えているか。そして、社内の次の世代に渡しているか。
この一つを言語化するところから、価格競争から抜ける道と、人が育つ道が、同時に始まると思っています。