本人に気づいてほしいから、言わない

組織づくり

人を育てようとしている人ほど、口に出さない場面があります。

あがってきた資料を見ていて、直したほうがいい箇所に気づいている。打ち合わせの進め方を見ていて、ここで順番を変えたほうがいいと分かっている。それでも言わない。本人に気づいてほしいからです。

この理屈は、よくできています。答えを渡すと、その人はいつまでも自分で決められるようになりません。だから言わずに待つ。育てる側の作法として、僕も長いあいだ、そう考えていました。

言わなかった理由をあとから見る

ただ、黙った場面を思い出して、そのときの気持ちを一つずつ見てみました。育成とは関係のないものが、ずいぶん混ざっていました。

細かいことを言う人だと思われたくない。せっかく本人がやる気になっているところに、水を差したくない。言ったあと、気まずい時間が続くのが面倒だ。

本人に気づいてほしい、という言い方は、この気持ちをきれいに包んでくれます。育成という名前がついているあいだは、中を見ずに済みます。僕が長いあいだ気づけなかったのは、その名前のせいかなと思います。

そして黙っていれば、こちらは何も失いません。関係は穏やかなままですし、指摘が外れて恥をかくこともない。言う側にはいつも少し負担があるので、黙るほうが単純に楽です。

答えを渡すことと材料を渡すこと

ここを分けて考えるようになってから、迷いが減りました。

答えを渡すというのは、こちらが結論を決めて、そこへ連れていくことです。次はこうして、と指示して、そのとおりに動いてもらう。これを続けると、その人は自分で決める機会を持てません。

気づいたことを伝えるのは、決めるための材料を一つ置くことです。ここが気になっている、理由はこうだ。そう伝えて、あとは任せる。置いた材料をどう扱うかは、本人が決めます。採らないという判断も、その人の判断です。

黙っていると、本人はその材料があること自体を知りません。知らないまま決めたものを、自分で決めた、とは言いにくいように思います。選べる幅が狭いところで選ばせておいて、自分で考えさせている、と呼んでいたことになります。

答えを渡さないことと、材料を渡さないこと。この二つは、まったく別のものだったように思います。

一つだけ、置く場所には気をつけています。本人が話しながら考えている最中は別です。相談の途中でこちらの見立てを先に置くと、話はそこで終わります。その場は聞くだけにして、材料は日をあらためて渡す。同じ材料でも、置く場所を間違えると届きません。

広報の担当者を育てる場面で

ここからは作例です。社員が五十人ほどの会社で、広報を一人で担当している方が、はじめて自社の紹介文を書いたとします。上がってきた文章を読むと、自社の設備とサービスの説明が中心で、読む人が何を得るのかが書かれていない。

本人に気づいてほしいので、何も言わずに出す。これが一つ目の道です。二つ目は、赤字で全部直して返す。三つ目は、気づいたことを一つだけ置く道です。

三つ目はこうなります。設備の説明が中心になっていると読みました。理由は、読む人が何を受け取るのかが書かれていないからです。ここをどうするかは、任せます。

置いたあと、本人が今回はこのままで行きます、と決めたら終わりにします。そのときの結果も含めて、本人のものです。次に書くときには、前回の材料が本人の中に残っています。

一つ目の道を選ぶと、材料は誰の中にも残りません。二つ目を選ぶと、直った文章だけが残って、判断は残りません。

一度言ったら繰り返さない

材料を置く側にも、守る線があります。置くのは一度きりにする、という線です。

本人が別の判断をしたあとに、日を置いてもう一度持ち出したり、言い方を変えて説得を続けたりしない。続けた時点で、材料を渡す話ではなく、こちらの結論に合わせてもらう話に変わります。育成の場面でも営業の場面でも同じ形です。

自分がどちらをやっていたかは、断られたあとの気持ちを見れば分かります。本人のために言っていたなら、採られなくても、伝えられてよかったと思えます。自分の考えを通したかっただけなら、もったいない、という気持ちのほうが強く出ます。

組織に置くなら二段にする

この線引きは、個人の心がけに置いておくと続かないのかなと思います。人によって、言う人と言わない人に分かれていきます。

気づいたことは言葉にする。決めるのは本人。この二段を、チームのルールとして置いておく。そうすると、言うかどうかで迷う時間が減り、迷う場所が決め方のほうへ移ります。

黙っているのは、何もしていないことではありません。言わない、というほうを選んでいます。その判断が誰を守っているのかは、あとから自分で確かめられます。

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